痴の巨人、バルザックを読む④~セザール・ビロドー ある香水商の隆盛と凋落~
1.経緯
倒産や清算といった法的な局面における人間模様の観察ないし考察を行う題材として拝読。
2.内容
ひとかどの成功を収めた成り上がり商人が敵の罠にかかって窮地に陥り、評判を落とすものの、最後には周囲の手助けを得ながら評判の回復に成功するという話。
3.名フレーズ
「不幸とは、天才にとっては踏み台、キリスト教徒にとっては清めの池、賢い人間にとっては宝の蔵、弱い人間にとっては奈落である」p31
「パリでは自信満々であることは実力のあらわれであると受け止められる」p53
「いかなる存在にもその絶頂期があり、この期間は原因が結果と正確に呼応しながら作用する…死それ自体でさえ、災禍のときに蔓延期、停滞期、衰退期、休眠期を得るからである。われわれの地球も、おそらく、他より少し長持ちしている花火の一つなのだ.…生じた結果がもはやその原因と直接的な関係になく、適正な釣り合いもとれていないとき、崩壊が始まる」p67
・地球が花火だという箇所が好きです。花火という刹那的な物と地球を結び付けて語ることは平凡そうでありながら非凡です。意識しなければ、地球の刹那性を感じることはできないからです。天文学の世界では、人生がいかにも短いため刹那的なものに感じられますが、日常生活で日本列島ができたのはほんの4000万年前で~と抜かせば、「ほんの」というのは人間の視点で語るにはあまりにも不適切ですね。
「恋を動かすのは希望の衝動であり、その衝動が無謀であればあるほど恋はそこに賭ける」p70
「愛とは本質的に利己的なものである。利己主義とは深い計算のことである」
「…何らかの形で肉体的な欠陥を背負うあらゆる人間にとってとるべき策は2つしかない。人におそれられるか、この上なく優しくなるかである。大部分の人間がふつうするように、二極の間をふらふら行ったり来たりすることは、彼らに許されない。第一の場合、才能、天才、あるいは力が関わる。恐怖を覚えさせるのは、悪の力である。尊敬させるのは天才、不安にさせるのは才気の豊かさである。第二の場合、彼らは愛され、女性の専制的愛情に実に巧みに取り入り、肉体的な完璧な人間よりも人を愛する術に長けている」p139
・「金閣寺」(三島由紀夫)の柏木も人におそれられる側の一例ですね。どうでもいいですが、後者の男は、本当に意味で「オス」足り得ないと思います。まぁ、人間が「オス」らしくある必要はないという意見もあるでしょうし、昨今の風潮は猶更その傾向になる気がします。
「繁栄は、いつも一種の陶酔を引き起こす。二流の人間は、決して、それに抗うことができない」p151
・好事魔多し
「商人は出費が過剰と判断されれば、そのまま単なる詐欺的倒産と認定されるのである」p210
・これは面白い話でしたね。イギリスでも破産行為が刑事上の問題とされていた時代がありました。今日の商取引がいかに自由にあふれているか痛感します。現代のアリストクラシーの基準が資本力に起因するのは、必然かもしれません。
「一連の理屈によって希望の筋書を組み立てられる人間は、不幸に陥っても、その理屈を一杯に詰め込んだ枕の上で頭を休め、救われることがある」p236
「商売においては機会がすべてだ。たてがみにしがみついてでも、成功の背にまたがらない者は、財産をつくれない」p246
「大衆は情勢によってすべてが変わることを理解できない」p252
「期待のもっとも心地よい乗馬である「もし」にまたがって、顎を撫でながら、その有名人のお世辞は実によい兆候だと考えた」p255
「求婚者の一番の持参金は才能である」p282
「(支払期限の延期の申し入れに対して)不可能です。…取引に関わっているのは私一人ではないからです」p298
「不幸のいいところは、本当の友人が誰かを教えてくることさ」p340
「二重の見ものが存在する…平土間からみる芝居と楽屋からみる芝居だ」p347
「(破産の局面において)身を守るとは、他の債務者の損害においていくらかの財産をひったくることだ」p353
「金銭の傷で死ぬ人間はいません」「そう。だが、魂の傷では死にます」p378