痴の巨人、読書感想文を書く

病がかった「知」性が加速する読書備忘録

痴の巨人、シェイクスピアを読む~マスベス~

1.経緯

 人生最後のモラトリアムの時期にシェイクスピアを手に取った。なかでもこのマクベスは、シェイクスピアの4大悲劇のうちの一つとされており、また、コードギアスの種本という噂もあったことから従前より個人的に強い関心を持っていた。そのため、シェイクスピア第一弾はこのマクベスから感想文を記すことにした。

 なお、訳者は多々の選択があったが、私が長らく角川の株主であったことに加えて、日本語訳において原文のようなリズミカルでウィットのきいた文章を実現しようと工夫が相当に凝らされていると評判であった河合祥一郎先生の者を拝読した。河合祥一郎先生のシェイクスピア訳はすべて購入しましたが、結論から言うとこの選択は正解であった。

 河合先生訳をお勧めいたします。

 

 

2.概要

 凡庸な男であるマクベスピカレスク的生き方を唆され試みた結果を描いたもの。

 

3.名フレーズとそれに対するコメント

暗闇の使い手は人を破滅させるためにしばしば真実を告げ、つまらぬご利益で信頼させ、土壇場で裏切る p20

・古今を問わず、典型的な詐欺的手法は、一旦の成功を約束し、それを実現することである。人は、このような経験をすると、心理的に、次第に思考を放棄し、妄信する傾向がある。本来的に、人間の大部分は、自らのことを自ら決定することに対して躊躇を覚えるからである。すなわち、人は、失敗したときのリスクをすべて引きうける覚悟がなく、また、成功に至るまでの思考をする労力を厭うのである。そのような現象をたったのワンフレーズに集約したこのセリフは名セリフ中の名セリフといってよいだろう。DUO3.0の例文よろしく、暗記しておきたいところである。

 

カンバランド皇太子だと!この一段に俺はつまずくのか、それとも飛び越せるのか。

行く手を阻んでいるからな。その火を隠せ、星々よ、わが胸深くの暗い野望を照らし出すな。

手のすることを、目よ、見るな。

だが、やるのだ。

やったら目も覚えて見たがらぬことを。 p25

マクベスの人間味あふれるシーンのひとつ。行動と思考は、分離したものであることのコロラリーとして、行動の実際と認識、認識を通じた思考というのは可分である。例えば、屏風の裏に人がいると知らずに屏風を向かって拳銃を発砲することと屏風の裏に人がいると認識して屏風に向かって拳銃を発砲することは、その行為をする者の認識の上では根本的に全く異なった抵抗感を示す。しかし、その者の行動としては同一である。このように行動それ自体は、事実として一つであるが、それに対する第三者の評価は変わるし、その者のおける評価も変わる、そういうものがある。この現象を逆手に取ったのが現代における組織的詐欺行為である。これは、個々人の行為それ自体は、各人が抵抗感のないレベルにまで分割され、また、抵抗感のないように認識させるように仕向ける。しかし、犯罪の部品として相互に機能する各人の行為を統合すれば、立派な犯罪行為を組み立てることになる。この点、サイコパスというアニメにおいても、この視点で描かれている部分があるため、イメージがつかない方はぜひとも視聴をお勧めする。

TVアニメ『PSYCHO-PASS サイコパス 3』公式サイト

 

(夫人)

さっきまで身に着けていらした希望は?

酔っぱらっていたの?

そのあと眠ってしまったの?

それが目覚めてみると、青ざめて、自分の大胆なふるまいにおじけづくの?これからはあなたの愛もそんなものと思いましょう。

勇敢な行為をする自分、

こうありたいと願う自分になるのが怖いのね。

人生の華と思い定めたものがありながら、自分を臆病者と思って生きるのですか。

やるぞと言いながら、できぬと言う。

まるで諺ね。

魚は食いたし、濡れたく無し、という。 p36

・鬼嫁。しかし、出世を望むなら鬼嫁の方が向く人もいるであろう。お尻ぺんぺんされないと本気を出せない手合いはいつの時代もいるものである。

 

(夫人)

絵に描かれた悪魔を怖がるのは子供の目です。 p47

・この視点はまさしく炯眼ですね。

 

(門番)

それゆえ、大酒は、色事に二枚舌を使うと言えます。

その気にさせて。だめにする。 

むらむらさせて、ふにゃっとさせる。

突っ張っといて、がっかりさせる。

立たせておいて、立たなくさせる。

結論としまして、二枚舌で眠らせ、よう、この嘘つき野郎、よう、よう、と用を足して、しゃーっと出ていきます。 p51

・さてさて。何のことでしょうね。

 

マクベス

こんなことが起こる一時間前に死んでいたら、

恵まれた人生だったと言えたのに。

たった今よりこの世には本物がいなくなった。

すべてはまやかしだ。誉れも徳も死んだ。

命の酒は飲み干され、この丸天井の下に残させれたのは、語るに足りぬ滓ばかり。

p55

マクベスというやつはなんて人間臭いのでしょう。こういうところがマクベスを一押しするゆえんでもあります。

 

(老人)

悪を善とし、敵を味方とする人たちにもお恵みがありますよう。 p62

 

マクベス

時よ、出し抜きやがったな、陰惨なたくらみがこれでおじゃんだ。

迅速に検診をしても、行動が伴わなければ何にもならぬ。

これからは、心に浮かんだその瞬間に手を動かすことにしよう。

今すぐにでも、思考を行動で仕上げるべく、思ったらやるぞ。

p103~104

・陰惨であると自認しているところが人間臭い。彼の破滅は、彼がサイコパスではなかったにもかかわらず、サイコパスであるかのようにふるまった点に起因すると思います。彼の人間らしさからくる感情を素直に対処していれば、「こんなことにはならなかったんだよぉっ!」(松田優作の蘇る金狼参照)

 

(マルカム)

朝が来なければ、いつまでも夜だ。

The night is long that never finds the day 

p125

 

(マクダフ)

あれこれ言うのは結果が出てからにしましょう。 p137

・行為と認識というテーマを反映したフレーズ。三島先生の作品においてもこの話はよく出てきます。

 

 

マクベス

マクベスがマクダフらに攻められているとき、王妃である妻がなくなったことを受けて、言ったセリフ。

何も今死ななくてもよかったものを。

そう聞かされるされるにふさわしい時がもっとあとにあったはずだ。

明日、また明日、そしてまた明日と、記録される人生最後の瞬間を目指して、時はとぼとぼと毎日を歩み刻んでいく。

そして昨日という日々は、阿呆どもが死に至る塵の道を照らし出したにすぎぬ。

消えろ。消えろ。

つかの間の灯火!

人生は歩く影法師。

哀れな役者だ、出番のあいだは大見得を切って騒ぎ立てるが、そのあとは、ばったり沙汰やみ、音もない。

白痴の語る物語。

何やらわめき立ててはいるが、何の意味もありはしない。 p140

・「人生は歩く影法師」という部分。これを実感するのは、マクベスのみならず我々の大半も、その黄昏時になってからというのが相場なのでしょう。みんな夏休みの宿題を後回しにしすぎなんでしょうね。

 

マクベス

俺に言葉はない。

ものを言うのはこの剣だ。

悪党、その血生臭は言葉で言い表しようがない。 p146

・最後の最後に男らしく覚悟を決め、マクベスは散ります。

 マクベスは、女から生まれたやつに殺されないと魔女に言われていましたが、マクベスを刺したマクダフは、帝王切開により生まれていたいため、女から生まれたわけではなかったというのがオチです。なお、河合先生の注釈によると、この時代、帝王切開で生まれるということは母確実に死亡するということを意味し、このような暴力性のある生まれ方はより男性的であるということの象徴でもあったようです。