痴の巨人、読書感想文を書く

病がかった「知」性が加速する読書備忘録

痴の巨人、バルザックを読む①~「ニュシンゲン銀行」偽装倒産物語~

1.読書の経緯

私がニュシンゲン銀行を初めて手にしたのは、投資会社に入って1年目の頃であった。このとき、私は、貪るようにして読書に励んでいた。清水一行池井戸潤真山仁といったポップなものからは卒業し、読書の対象は、ドストエフスキースタンダールといった比較的重厚感のある作家の作品となっていた。その中でも、バルザックは、最も俗っぽく、したがって、金融という人間の欲望が渦巻く世界にいた私にとっては、最も共感しやすいジャンルの作品が多い作家であった。

 

2.内容

銀行家ニュシンゲンは、小皿を大皿と取り替えることによって、財を得た。

具体的には、ニュシンゲンは、わざとアメリカに巨額の投資を行い、自身の銀行の財産をなくし、これを清算することにした。また、同時に、自身の夫人が離婚に伴う財産分与請求を裁判所に申し立てという情報を市場に流した。これによって、有価証券での弁済を求めるように促した。

銀行の債務者らは、銀行に対する債権、すなわち手形を割り引いた価格で取得し、これを相殺に供した。債務者は、倒産しそうな会社の債権を割安で買えるし、そのまま額面通りの債務を残しておくより、相殺した方がいいからだ。そのうえで、清算手続きでニュシンゲン銀行は、債権者に対して、株券をもって代物弁済した。このとき、株式相場が好調であった。抜け目のないと自認する者は、手形債権をプレミア付きであっても購入し、有価証券とこれを積極的に交換した。

他方、ニュシンゲンは、実質的に他人名義で会社を有していた。彼は、この会社が実際には好調にもかかわらず、事業の失敗を装い、配当不払いなどをすることで株式の価格をあえて下落させた。このとき、多くの株主は、狼狽から株式を安値で売った。ニュシンゲンは、本来、会社の業績が好調であることを当然承知していたため、安値でこれを買い戻した。

つまり、清算手続きという場面において、ニュシンゲン銀行(すなわちニュシンゲン)は、債務者による相殺や代物弁済によって、キャッシュアウトを巧みに避けつつ債務を消滅させ、最終的には価値ある資産である株券を安く手に入れることにも成功したのである。

 

 

3.名フレーズとコメント

「恋というものは、愚かな人間が偉大になる、唯一のチャンスだ」

・若者は、チャンスにあふれている。若さは、最大の資産である。

参照:

www.youtube.com

 

「このような清算は、子供みたいな大人たちに、1ルイの金貨の代わりに小さなパテを一切れくれてやるようなものだった。…その金貨があれば、パテを200個でも変えることを知らないで!」p165

・取引の本質だろう。同趣旨の記載は、初代ロックフェラーの伝記にもみられた。もっとも、企業が堂々とこういうことをやることは、規制の対象になるため、要注意である。立法は、なかなか進んでいて、公益的側面、消費者保護的視点の規制は、先進国ではグローバルスタンダードとなりつつある。

 

「情熱を殺せば、社会を殺すことになる。社会というのは、情熱を生み出すものではないにしても、それをはぐくむものだから」p178

・それでは、理性を殺した場合、社会はどうなるか。北斗の拳

 

「不和が生じないのは、非常に強い者同士か、それとも非常に弱い者同士のあいだだけである」

・裏を返せば、喧嘩が起きるのは、均衡を失しているからでしょう。人は、学校でも、職場でも、往々にして摩擦を生じさせますが、前記命題に従い判断すれば、ほぼ必然的事象ということができますね。

 

「金を借りている人間の方が貸した人間よりも強い」

・これは、ソフトバンク孫社長も実践なさっているところですね。氏の教養からして必ずこの本は読んでいたと思います。なお、私の少ない読書経験の中では、この手の話が出てくる小説で最古のものが、この「ニュシンゲン銀行」(1837年)です。

 

4.補足

 債務者が手形債権を後から取得し、これを相殺に供して債権的に満足を得ることは、ほかの債権者との関係で、認められるかという問題がある。相殺する側は、得をするが、ほかの債権者は、他面で、債務者の有していた債権が消滅するから債務者の一般財産の減少を甘受させられる。そこで、現代の日本では、このような意識から破産法72条あたりが相殺を一定の場合に禁止している。現代において、そのまま本件のスキームを再現することはできないのだ。