痴の巨人、読書感想文を書く

病がかった「知」性が加速する読書備忘録

痴の巨人、バルザックを読む②~ゴプセック~

1.経緯

金融小説名編集に含まれていたため、拝読。

 

 

 

2.内容

(1)特徴

 手形の割引人をしているゴプセックの身の回りで起きた悲喜劇がデルヴィスという代訴人の視点で語られている。

 一つ一つの取引の複雑さは、ニュシンゲン銀行等と比較すると、大したことないが、いわゆる相殺や(当時の)行為能力論について察しがついていなければ、なにゆえにゴプセックという男が取引で利益を得ているのか理解することはできないものとなっている。

 また、名フレーズの大半は、ゴプセックという高利貸しの言葉であることからわかるように、この男が兎に角、強烈なのである。彼の演説パートは、10代から20代にかけての若者に強く訴えかけるものがある。クソみたいなインフルエンサー(笑)の落書きnoteを読むくらいならバルザックを読むを読む方が、病がかった知性に近づく。

(2)具体例

以下のような取引があった。

1伯爵夫人はゴプセックから金を借りようとする。

2ゴプセックは、30万フラン相当のダイヤを担保に5万フラン(5000万円くらい)の手形を伯爵夫人に渡す。伯爵夫人の愛人には、3万フランの手形を振り出すが、その場で、事前に取得しておいた愛人に対する手形債権と相殺したため、愛人の実際の取り分はゼロ。

3当時のフランスでは夫人に行為能力がないため、伯爵は、ゴプセックと前記契約の効力をめぐり、紛争状態になりかける。デルヴィル代訴人は、これを示談という形で、ダイヤを8万5千フランで買い戻す形で契約をまとめる。(なお、担保のダイヤは伯爵家の先祖代々の財産であるから金を払ってでも取り戻す理由があった)

 以上の取引で、ゴプセックは、8万フランの銀行小切手を振り出しているものの、一連の流れで、伯爵から8万5千フラン、伯爵夫人の愛人に対しては手形の額面と取得価格の差額分だけ利益を得ている。

 したがって、彼はキャッシュを持ち出すことなく、手に入れることに成功している(8万5千ー8万+差額=彼のキャッシュインだ)。

 

3.名フレーズ

「この世で定まったことなど何一つない。風土によって変化する習慣があるだけだ」p20

・現在、法人税率の下限を定める動きがある。ルールとしては妥当なものといいうるけれど、もともと、今ほどに国境を超えた取引が盛んではなかった時代には、各国における制度の違いは当然認容されていた。強者は、むしろ、それを利用していた。ルールがフィックスされることは、今ある優位性の影響も少なからず保存された状態になるわけだから、本当の意味での公平とは何か。プレーンに考え始めると思うところはある。

 

「…世間のことをあれこれと詮索して時間をつぶすことができるのは馬鹿だけだ。つねに予測不可能な出来事を統治しようと、いろいろな政治の原則を打ち出して、同朋の役に立っていると信じ込めるような人間は、お人よしだけだ。…隣人が3日後にしか手に入れられない馬や馬車を一足先に手に入れて自慢したり、そんなことでうれしがることのできるのは愚か者だけだ」

・約200年前の指摘ですけど今でも十分通用することに驚かされます。

 

「幸福というものは、生命をすり減らすような激しい感動か、それとも人生を正確なリズムで作動するイギリス式の機械にしてしまうような規則正しい仕事か、そのどちらかにある」p21

・好き嫌いは別にして、いわゆる公務員的な生活って本質をついているのよね。

 

「金持ちは、自分たちの財産を守るために、法廷や裁判官やあのギロチンを作り出した。何も知らないやつらが、近寄って身を焼いてしまう蝋燭のようなものさ」p27

・ 宮崎パイセンの政治を知れば得をする的な本は下品な感じもするけれど、立法が制度形成の手段である以上、制度形成がどういう人間にとって有利に作られているかという視点は無視できないわけですね。ロビー活動などはさらに立法の手段という関係だから、本当にこれに集約できる。

 

 

「あんたがたの社会秩序全体も、煎じ詰めれば「権力」と「快楽」に還元できるのではないか」p32

・TOKYOのお話ね。

 

「幸福な男ほど、我慢のならないものはありませんから」p42

・これは謙遜しつつ話を切りたい場面で。

 

「血を見るためには、まず血を持っていなくちゃならん。しかし、お前の血管には泥が詰まっているだけじゃないか」p57

 ・痛烈。血まみれは青春、泥まみれは白秋か。昔、政治学者の山口二郎先生は、安倍元首相に対して、「お前は人じゃない!」と言って炎上したそうだが、そのことを思い出してしまう。

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「わしは君に感謝の念を抱かずに済むようにしてやったのさ。わしには何の借りもないと信じる権利を君に与えることによってね。だから、われわれは今もこの世でいちばんの友達なのさ」p65

・フランスっぽくないですか?この理屈っぽさ。

 

「人生ってやつは、一つの仕事であって、職業であって、それを覚えるためには苦労しなければならん。いろいろな苦しみを経たおかげで、人生のなんたるかを知った人間は、心根が鍛えられて、一種の柔軟さを身に着け、自分の感受性を制御できるようになる」p68

 ・感受性を制御できないことは、未熟さのあらわれだ。自戒。

ところで、この苦労云々は、三島先生の「絹と明察」において主人公の駒沢が指摘する点でもある。

 

「敵対する人間同士はたいていの場合、心のなかに持っている秘密の意図や考えを互いに見抜く。敵対者同士の間には時として、互いに相手の心の中を読みあう恋人同士と同じくらいの、明晰な判断力と知的洞察力がみられる」p75

 

 

「憐れみというのは、ある種の性格の人々にとっては、もっとも残酷な侮辱に等しい」p76

 

「お前は悪い娘だった。お前は悪い妻だった。そして今度は、悪い母親になろうというんだろう」p83

・不貞を働いた妻に対しての言葉。痛烈。悪い娘云々の背景は、ゴリオ爺さんあたりも含めて読まないとわからない仕組みです。

 

「強烈な情念が知性に打ち勝った老人すべてに訪れる、あの子供っぽさ、あの理解できない頑固さの最初の兆候」p94

・人は、年を重ねると、最後、子供になって終わるんですよね。無様になってまで長生きしたいかっていうのは、永遠のテーマだね。あまり真剣に議論されてないけれど。この点、三島先生の本は参考になる。