痴の巨人、読書感想文を書く

病がかった「知」性が加速する読書備忘録

痴の巨人、三島を読む~金閣寺~

1.経緯

 名作に触れるため。初めて読んだのはいつか覚えがない。おそらく高校生のときであろう。ただ、丸源の川本源司郎氏から「金閣寺に住みたいと思って小倉に豪奢な日本家屋を立てたが、数日で飽きた」という話を聞いた後、読み直したくなったことは間違いない。その意味で、源司郎インスパイアである。

 

 

 

  市川雷蔵が主演をつとめる映画版を観たのは、陸軍中野学校5部作を観た後のことである。陸軍中野学校シリーズは、日本のスパイもの映画の最高傑作であるといっていいと思う。舞台のスケールは大きいし、筋書も陳腐でない。ガキっぽい感情を措いて、淡々と任務をこなすさまがmatureである。今日の日本映画はなぜ面白くなくなってしまったのか不思議でならないが、その要因の一つは大衆迎合・短絡的な商業主義に流されて、ウケのよさそうな話ばかりになっているからだと思う。ウケを狙うというのは、悪いことではないが、新たな市場・発見を見出させるような創造性がなければ、トップにはなれない。

 

2.内容

 見習い坊主が金閣寺に火をつける話

 

3.名フレーズ

人の苦悶と血と断末魔の呻きを観ることは、人間を謙虚にし、人の心を繊細に、明るく、和やかにするんだのに。俺たちが残虐になったり、殺伐になったりするのは、決してそんなときではない。 p113

 

由良川の河口、すなわち日本海を目の前にして)ふと私は、柏木がはじめて会った日に、私に言った言葉を思い出した。我々が突如として残虐になるのは、うららかな春の午後、よく刈り込まれた芝生の上に、木漏れ日の戯れているのをぼんやりと眺めているような、そういう瞬間だといったあの言葉を。… p204

 この後、彼は金閣寺を焼かねばならぬと思い立つ。

・店にいくと、不思議なほど横柄で冷酷な態度に出る客がいることがある。その相手方は、往々にして、その対をなす態度を示している。お客様は神様だという命題が一時期世にはびこった。経営コンサルを自称する者や成功した経営者が喧伝した結果である。この命題に甘えた団塊の世代を中心とする老人集団は、自らのインポテンツを補うために怒りで性欲を満たし、カスハラを生み出した。カスハラの被害者は、虐待された児童が虐待する側に成るがごとく、カスハラを行う。そうして、今、社会的にカスハラが伝染病のごとく問題となり、やわな人間は精神を病み、結果的に、無職に至る。企業は労働力を失い、国は納税者を失う。その他の者の負担において、彼ら彼女らは養われる。国益が損なわれるこの一連のメカニズムの出発点を作り出した者を売国奴という。

 

(柏木が女の気を引くためにわざと路上で崩れたことについて)…私はごく青年らしい感じ方をしたのだが、彼の哲学が詐術に満ちていればいるほど、それだけ彼の人生に対する誠実さが証明されたように思われたのである。 p121 

 ・これについては、バルザックの作品における下記の記述が妥当する。

「…何らかの形で肉体的な欠陥を背負うあらゆる人間にとってとるべき策は2つしかない。人におそれられるか、この上なく優しくなるかである。大部分の人間がふつうするように、二極の間をふらふら行ったり来たりすることは、彼らに許されない。第一の場合、才能、天才、あるいは力が関わる。恐怖を覚えさせるのは、悪の力である。尊敬させるのは天才、不安にさせるのは才気の豊かさである。第二の場合、彼らは愛され、女性の専制的愛情に実に巧みに取り入り、肉体的な完璧な人間よりも人を愛する術に長けている」p139(バルザック・セザールビロトー)

 つまり、柏木の態度には、バルザックが言う二極性が現れている。なお、念のために補足すると、柏木は内反足である。そして、三島先生は、この柏木の態度を主人公を通じて、「誠実」と評価したのである。確かに、とるべき策をとっていたのだとすれば、この点においては誠実あろう。

 

剥げた金箔をそこかしこに残した豪奢な亡骸のような建築。近いと思えば遠く、親しくもあり隔たってもいる不可解な距離に、いつも澄明に浮かんでいるあの金閣が現れたのである。 p134

 

 (柏木は、南泉斬猫の話を持ち出しつつ、次のように言った)両堂の僧が争ったのは、おのおのの認識のうちに猫を護り、育み、ぬくぬくと眠らせようと思ったからだ。 p231

 この後、行為と認識という切り口を用いつつ、柏木は、美について語った。

 

4.小括

  三島作品に関しては、おびただしい数のfreakたちがいるため、私のようなにわかが特に述べることは何もないが、行為と認識というテーマは、数々の作品、エッセイで言及されている。そして、衝撃的な自決に至るまでの過程から氏の思想に、相当強固な一貫性が存在していたことは疑う余地がない。本日は終戦記念日であるが、1945年8月15日に、戦争が残した物、残された者、新しく始まったもの、それらが、今日では想像もつかない混沌とした形で同時に存在した時代が確かにあり、また、今となっては、確かに忘却されつつある。人は皆、大なり小なり、健忘症に陥っているためであろう。繰り返される歴史がそれを証明する。これは、皇太子向けのつくられた歴史をもってさえも、証明できる事項である。だからこそ、カンフル剤として、戦後、残されて苦悩した氏の、一つの思想形態を感じることが価値あることに思われた。